

桜前線がようやく札幌に届いたというニュースを聴いたが、1月末に沖縄県の名護城址からスタートした前線がこんな小さな島国の最北まで届くのに3ヶ月もかかるのかと、感心してしまった。そして、赤道近辺の諸国にいたときに、ホームシックほどではないが桜色の花の枝に惹かれたことを思い出した。サクラ・日の丸・コメのめし・・・・これが男一匹でアジア・アラビア・中南米の各地を跳びまわっていた時分の「心の支え」だった。それをナニワブシ的だと笑われても、そこがいいんだよと自分でも大満足をしてきたし、おかげで納得のいく仕事も出来たんだと上機嫌でウオーキングに出かけてみた。太陽光発電のパネルを載せたボロ家の猫額庭を跨いで1、2分も下れば、そこはもう新緑に萌え立つ和泉川のほとりである。遊歩道のサザンカやコブシやウメやサクラはとうに散ってしまったが、いまは愛らしい白とピンキーなハナミズキの真っ盛りで、いつもなら写欲に取り付かれるところだ。というのも、40年も前、広大なその国をバスで貧乏旅行していたとき、荒野に咲くDog Woodと呼ばれていたその花の、名には似つかない気品と気骨が気に入ったからである。だが、今年はどうしてもその気にはなれない。ハナミズキには本当に可哀想だが、それは彼女らの原産国のボスのせいである。それもカネとチカラにものを言わせて異教徒の油屋に押し入り、大量破壊兵器を弄んで罪もない人々の生命を奪った蛮行と、それを正当化しようとしている愚行を許せないからである。そんなチグハグの怒りを燃やしてはみたが、視線を上げれば新緑がまばゆく空には薫風に泳ぐ悠々の鯉のぼりという和泉川沿いの景色である。鯉のぼり・・・・この習俗が「鯉の滝登り」という中国の「登竜門」の故事によるとはだれもが知っていようが、男子の立身出世の象徴として揚げるようになったのは江戸時代からで、柱は神が降る依代(よりしろ)の役目でもあるらしい。中国で龍といえば帝王の象徴である。昔、中国の霊山に「竜門」という急流の滝があり、それを登り切った鯉には霊力が宿って龍になると言われていた。あるとき、一匹の鯉が激しい滝水に逆らいながらも懸命に登り切った。すると魚体はたちまち光り輝きながら龍に変身し、悠々と天に昇っていったという。その故事から、男子が人生行路で困難に遭ってもこの鯉のようにたくましく立ち向かい人の上に立って成功をつかむようにとの親心から、鯉のぼりの習慣が生まれたのだそうだ。しかし、今どき龍に変身できるような日本男児がどれほどいるだろう? また、男の子が憧れるような男児がどこにいるのだろうか。それを子供や親達に訊ねてみても、プロスポーツの選手かタレント願望とか、おそらくは金と名声がらみの妄想でしかないのがオチだろう。なのに、ちびっ子のサッカーブームやお稽古教室がけこう繁昌しているのには、妄想の渦が感じられる。だから、妄想の淵の一寸した渦さえも渡れない卑力の「妄者」があふれ、「身のホド」に応じた食業(食べていくための仕事)や創造主から授かる「天職」からも外れてしまうのだ。登竜門を登って龍になれるのはコイだけである。 キンギョやダボハゼがいくら頑張ってもフナにもなれない。メダカにはメダカ向けの登竜門?があると信じなければやっていけない。息子が生まれたとき、お前も立派なウチの直系だと胸を張ってそれなりの鯉のぼりを揚げ、洋々の人生行路を祈った。そして彼はそれなりの天職を授かって登竜門に挑んでいる。また、我が人生の紆余曲折の中で、あのときに越えたのが果たして登竜門であったのかどうか定かではないが、大空に泳ぐ鯉のぼりを見上げながら、こんなふうに過ごせる今の今に、何の不足もない。たった一度の人生である。身のホドに見合う天職を授かって先ずは世のため人のお役に立ち、喜べるような暮らしをしろ、それが日本男児の生き甲斐なんだ、と口うるさい親父と同じことを、ボーイスカウト運動の創始者ベーデン-パウエル卿がラストメッセージで述べていることに驚いた遠い日のことを想いながら、いま、日本男児の行く末を案じている。
ちょっと古びたデジカメを手にぶらり歩きもまた楽しいもの。うつろいやすい世間のカゲの道すがらに、 思わず目を合わせたモノたちとの会話も、ナチュラリストのぜいたくのひとつです。

大型の路傍に生えるゴマノハグサ科クワガタソウ属の2年草。西アジアからヨーロッパの原産で明治の中ごろ日本に帰化し、今では全国に広がって春に青紫色の可憐な花を咲かせるが、姿に似合わない「犬の陰嚢(ふぐり)」とは、その実が扁円で縦に凹線があり2個のように見える形に由来しているという。
葉は茎の下部では対生するが上部では互生し、茎は長さ10〜25cmに分枝して広がって、春には茎の上部の葉のわきごとに1花をつける。また、種子は円形で表面にしわがある。近縁には葉も花も小型で淡紅色、実は円みのあるイヌノフグリ V. didyma Tenore var.lilacina (Hara) Yamaz.があり、東アジアに広く分布して明治以前は日本にはこれしかなかったが,オオイヌノフグリが広がってからはあまり見られなくなった。〔参考:広辞苑・世界大百科事典〕
共育ロータリー

4月12日(土)の「いずみ新鮮組」は、前日からの降雨予測100パーセントの天気予報をおそれて、泉中央公園で大急ぎのヨモギつみをしました。 それから「ふれあい和泉」に持ち込んで選り分けてから中村町内会館に移動して茹でてすりつぶしたヨモギと蒸したシンコを練った草ダンゴにたっぷりアンをつけ・・・・地蔵原の散り残ったサクラの花の下で食べて解散しました。 加者は、幼児3人、小学生12名大人10人の合計26人でした。
集 会 : 原則として毎月第2土曜日9時半いずみ中央駅泉ふれあいホーム前に集合・目的地まで往復して から解散 支 度 : 森や河原で遊べる服装(長ズボン)でツバつきの帽子とデイパック 持 物 : 弁当・水筒・小さなノートとエンピツ・タオル・集めた物を入れるポリ袋・雨具・そのつど指定する物 あればカメラや双眼鏡・虫眼鏡・コンパスなどの観察用具 ★事前に知らせる食費と交通費は各自負担 配布物: 予約参加者を含め先着20名に「観察ノート」などを配布 |
| 月・日 | テ ー マ | 内 容 | 時 間 | その他の持ち物 |
| 4月12日 | 春のめぐみ | つみ草ハイキング | 9:30〜14:00 | つみ草用のハサミトとポリ袋 |
| 5月10日 | 和泉川の鳥たち | バードウオッチング | 9:30〜14:00 | |
| 6月初旬 | ほたるウオッチング | 天王森公園(または瀬谷市民の森) | 16:00〜20:00 | |
| 7月12日 | エコクッキング | 省エネルギー料理 | 9:30〜14:00 | 食器セット・食費実費 |
| 8月16日 | エコキャンプ 宿泊定員15名申込制 |
中和田の森で初歩のエコ キャンプ *泊まらなくても参加可能 |
13:00〜 翌12:00 |
寝袋・着替え・食器セット・ 洗面具・虫よけスプレー 食費実費 |
| 9月13日 | 草木染めアート | 自然素材で染めるバンダナづくり | 9:30〜14:00 | 自作バンダナまたはハンカ チーフ用の白布 |
| 10月26日 | 秋のめぐみ | サツマイモ掘りとゲーム大会 | 9:30〜14:00 | おイモの袋・軍手・ぞうきん・ 会費(\300) |
| 11月 8日 | 植物園へ行こう | 市立子ども植物園 | 9:30〜14:00 | 旅費実費 |
| 12月13日 | 森のクリスマス | 野山の素材で作るクリスマスリース | 9:30〜14:00 | 紙ハサミ・リボン |
| 1月 4日 | いずみの正月 | 七草がゆとお正月遊び | 9:30〜12:30 | 食器セット |
| 2月14日 | 春まつ いのち | 木や昆虫の冬すがたの観察 | 9:30〜14:00 | |
| 3月8日 | 空にむかって | いっせいに芽吹くいずみ野ハイキング | 9:30〜14:00 |
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ビスタワールドは、小中高校で昨年度から一斉に始まった「総合的な学習」の研究会に協力して、講義と実習を合わせた環境共育のワークショップを行っています。総合学習が目指すのは「生きる力」を自ら育むことですが、テーマや展開方法は学校ごとの裁量に任されているので、学校間での模索や競い合いの段階です。4月23日(水)の午後、横浜市立中村小学校体育館で行われたワークショップは、「生きる力の体感プログラム」のテーマで、SARSをテーマにした連想ゲーム、各自が創造主になって生き物の進化暦を組立てる創造主ゲーム、サルとヒトの相違ゲームなど盛りだくさんの実践プログラムを約100名が体感しました。

これは機関誌の恵送を受けたのではなく、VISTA WORLD会友平山一美氏の教示を受けて収集したもの。内容は、北海道連盟副理事長森豊氏が、我が国スカウト運動の黎明期、旧陸軍旭川第7師団長・宇都宮太郎(のち大将)が、『スカウティング・フォア・ボーイズ』の最初の和訳本「少年兵団」(参謀本部翻訳官・榎本恒太郎著、1910 年)の出版に関わっていたことや、旭川で少年団の発団に当たり白虎隊で知られる会津飯盛山の飯盛本家出身の飯盛正成副官(大将)がキーマンとして働いていたことなどを解明し、また、神奈川県の中央林間に住む宇都宮氏の遺族訪問など3年にわたる第1級の調査資料。
個人の蔵書としては出版直後に入手したが、今回は、作者のウイリアム・ヒルコート氏と親交の深かった監修者の根岸真太郎師(元ボーイスカウト日本連盟事務局長)に「先達十話」シリーズでお目にかかったとき直々に頂いた。ロマンに富んだ本文の紹介は置くとして、文部大臣永井道雄氏の的確な推薦文を、今まさに揺らいでいる日本のボーイスカウト運動の指導者層に届け本書の再読を勧めたい。
== スカウト運動創始者ベーデン-パウエル卿の言葉の中に、「自分のカヌーは自分で漕げ」という言葉があります。それが、自分のことは自分で管理し、行うという世界のスカウト運動の基本精神になっていると思います。また、ベーデン-パウエル卿の生涯を通した生き方をみても一貫して自分だけのためでなく、代償を求めず人のお世話をするということが生き方の基本になっています。 今、現代人にとって一番大切なことであり、忘れかけていることを、一人の偉大な人物の生涯の中に物語としてみることが出来ます。 単なる思想ではなく、実際の行動や実践の場で、そういった精神を読み取ることが出来るため、教育者にとっては誠に有意義な資料であると思います。==
創始者ベーデン-パウエル卿の教理を継いで日本のボーイスカウト運動を拓いてきた先達を訪ね、エピソードをまとめる「先達十話」シリーズの刊行も佳境に入ったが、その作業は「クライトン(Dr.Crichton.James)の知恵袋」を開く心地である。各師の魅力は、若々しい姿勢とみなぎる気品であり、永年「日本男児」を鍛え薫陶を垂れて世界に誇るボーイスカウト日本連盟を築いという巨きな権威に肩を張ることもなく、こちらの緊張感を包み込むスマートネスである。それは、「日本の指導者の訓練体系」を編み出した佐野常羽という大先達の直系指導者に共通する「品格」とさえ思える。だが、「誰もがみんな中の上意識」で平和ボケ気味のいまの日本には、「家柄」や「格式」なんぞもほとんど死語になって、カネとモノとコネでのし上れば世の中の采配を振れるご時世にもなったので、いろんな運動組織の中でも「身のホド」も怪しいリーダーや役員の出没や跋扈を抑えられなくなってしまった。またそれが「類は友を呼ぶ」から大変である。最近の日本のボーイスカウト運動も衆の数に頼る姿勢が粗製濫造のムードを助長し、ユニフォームさえ着ていれば中身は何でもよいような異形の横行が見えるような気がする。今からでも遅くはない。教義や活動の質において英国・米国・カナダ・オーストラリアと肩を並べていたついこの間までのBoy Scout of Nipponの品格を取り戻し、「身のホド」に合わせた活動ができる伝統を退化させてはならない。年度替わりのいま、特に組織の統括者は、コミッショナーやリーダートレーナーなどの選任に当たって、この運動を正しく伝え拡げる役務にふさわしい「技量」と「品格」を見定め、指導者達「薫陶」を与えられるのか?をぜひとも自問自答して欲しいものだ。
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