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VISTA-それは調和のとれた眺めや未だ知らぬ世界に拡がっているはずの景観や見通し、そして未来に向かう生命の展望です。私達は、スカウト運動の創始者ベーデン・パウエル卿が提唱した「自然という教場」の21世紀版を求めてビスタソング"
Free Fly Flow" のように伸びやかでさわやかな世界を創り、次の世代に引き継ごうとする有志のネットワークです。
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| 【写真:梅雨のなかホツレたネットワークを憂う |
| 【連載】 | 「正面」が「セイメン」であること |
| やじま いわを |
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ボーイスカウト運動の創始100年の今年、同じ「ちかい」で結ばれた世界中の仲間が、それを祝ってジャンボリーをはじめ多彩なイベントを繰りひろげている。
一方、記念の年ではなくとも、この運動を進める指導者の養成訓練は絶えず行われてきた。そして、その内容は、創始者の示した原理と方法を実修(実体験をとおして修得する)して、「健児」を育てるための教程が行われているはずであった。 ところが、先日、ある指導者訓練の開会式に臨んだとき、司会者が「国旗掲揚柱にショーメン!」と号令して馬蹄形列の全員をその方へ向けたのには驚いた。 そこで、解散後、アドバイスのつもりでスタッフたちに「国旗にセイメン(正面)」が正統だと言ってみた。 それは、諸先達の薫陶に浴してきた退役のリーダートレーナーとして、決して聞き流せるものではなかったからだ。 すると、居並ぶ面々からは思わぬ言葉が返ってきて、驚きがさらに増幅してしまった。 曰く、A:「国旗が揚っていないのに”国旗に”では通じないから、向くのは”国旗掲揚柱”が正しい。」B:「辞書でも”正面”は”しょうめん”で、”セイメン”と読む辞書はどこにもないから、間違い。」 Cほか:「一般に通じないならどんどん改めた方がいいんだ」とかで、こちらの弁を促すのでもなく「ショーメン」を多数決のように納得し合うのだった。 そうか、「最近のやりかたはオカシイ」とは感じていたが、やはりそうだったか・・・・。 1919年以来、創始者の指導者道を継ぐ者のシンボルであった木片のビーズを3つも4つもぶら下げた要員がこれでは、「創始者の原理と方法によって・・」とか、「野外を教場とした実践活動を通じて・・」などとPRすること自体、「誇大広告」や「不実告知行為」ほかの違反で業務停止命令を喰らった「駅前留学の英語塾」の勧誘手口とまるで変らないといえる。 ところで、「国旗に正面」のことだが、これはスカウト活動における「号令」、つまり『多くの人に同時にある動作を起させるための合図のことば:(広辞苑)』である。 だから、端的なひと声で仲間を動かす号令のうち、日本のスカウト運動で通用してきた「国旗に正面(セイメン)」という符丁(合図の言葉)は、あえて解読すれば、『国旗が掲がる方向に正対(正しく向きあ合う=対面する)せよ』 となり、「国旗掲揚柱が正面(ショーメン)」では号令にならない。 それでも合図の号令をひねくりたいのなら、先ずは「休め」と「気を付け」という日本の国民的な号令を「ショウメン流」に変えてみてはどうか。 梅雨を含んだクモの巣のホツレたネットワークを見ながら、創始100年の巨大組織にひそむホツレを憂えずにはいられない。 |
| 調査着々 |
| 「日本のスカウト遺産100選」 |
| 盟友の協力でよみがえる先人の偉業 |
― ボーイスカウト運動の創始100年を期して「日本のスカウト遺産100選」を刊行するため、日本のスカウト道〔光の路〕を拓いてきた先覚者の事跡や事物を踏査し、その真価を語り伝えて今後たどるべき路の未来に歴史的な延長線を示す― 3年前、ビスタワールドがこう宣言して始めたプロジェクトは、全国の有志盟友の支援をえて順調に進んでいる。 その一端を列挙する。 ☀ 復帰前沖縄のスカウト運動 ☀ 2月18日~19日、在京の盟友と共に沖縄を訪ね、地元連盟の盟友から占領下スカウト運動の展開やエピソードを調査。 主な野営場など活動施設の調査は再訪することを約束。 ☀ スカウト初野営地の碑 ☀ 大正5年(1916年)中野忠八が京都少年義勇団(ボーイスカウト)を率いて初めて野営をした白砂 青松の琵琶湖畔、雄松崎にある記念碑を、3月18日滋賀連盟の盟友5名と訪ね、碑を囲み松風 を聞き、熱い紅茶を飲みながらスカウティングの未来について語り合う。 撮影も順調 ☀ 自治三訣の書 ☀
初代総長 後藤新平伯が少年達に与えた「自治三訣」=「人のおせわにならぬやう 人のおせわを するやう そしてむくいをもとめぬやう」― これは、”ちかい”、”おきて”の精神を3つの句に凝縮 したもので、求められれば好んで揮毫したという。 5月3日、長野連盟の盟友と共に松本市に赴き、地元名家が所蔵する書幅〔縦68×横123cm〕を撮影、由来やエピソードなどを取材した。 ☀ 日本のジャンボリー発祥の地(再訪) ☀ 5月4日、長野連盟の盟友等と軽井沢の第1回日本ジャンボリー会場跡を再訪。現在はゴルフ場となっている企業の総支配人と記念碑の建立計画などについて会談。 ☀ 無名のスカウト戦士の碑(再訪) ☀ 「無名のスカウト戦士の碑」(アンノウンソルジャーの碑)は、横浜の「こどもの国」にあり、近いのでよく 訪ねるが、桜が散った4月14日に、タンポポも黄色との組合わせた写真撮影のため再訪。 |
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| ピクセル彩路紀 No.22 |
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ちょっと古びたデジカメを手にぶらり歩きもまた楽しいもの。うつろいやすい世間のカゲの道すがらに、 思わず目を合わせたモノたちとの会話も、ナチュラリストのぜいたくのひとつです。 |
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| 【 うつむく蕾と開花(和泉川筋にて) 】 |
| ハルジオン 〔春紫苑〕 、姫女苑 |
| Erigeron philadelphicus |
| = = うなだれからの転身= = |
| 大正時代に園芸植物として入ってきたが、いつのまにか野原に蔓延した北アメリカ原産の多年草で、春から夏に白い花を咲かせる春紫苑(ハルジオン)だと、牧野富太郎が命名した。 また一見ほとんど同じで少し遅れて咲くヒメジョオン(姫女苑)も北アメリカ原産の1~2年草で、やはり明治の初めに渡来したもの。 この二つを見分けるには、①茎(くき)が中空で、つぼみが垂れ下がり、葉が茎を抱くような形で伸びるのがハルジオンで、そうでないのはヒメジョオンだと覚えれば間違いない。 また、一般にハルジオンに対してヒメジオンと呼ばれているが、ヒメジョン=“姫女苑”なので、「ジョ」と呼ぶのが正しい。 |
| 共育ロータリー |
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ビスタワールドの事業で地元との密着型活動は、「いずみ新鮮組」です。郷土「泉」の自然と豊かな歴史や文化に触れて新鮮な好奇心を寄せながら新鮮な驚きを見つけ、新鮮な心と身体を育むエコクラブを、伊勢山小学校の「遊遊クラブ」(©)と「弥生台野あそび塾」(◆)その他(●)で展開しています。
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© ドンド焼き 1月14日〔日〕どんど焼きの日は、午前中は消防署の許可を得て校庭で遊・遊クラブ のお祭、午後は地元の伝統的などんど焼きを楽しみました。 【写真:自分たちのどんど焼き】 |
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◆ エコぞうり作り 1月20日〔土〕、古布をリサイクルしてゾウリを編むエコイベントの集会には親子参加を含め主婦の人々が大勢参加し、左右の大きさが多少違っても大喜びで手づくりゾウリを持ち帰りました 【 写真:熱中手づくりのエコゾウリ 】 |
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© むかしの遊び 2月24日〔土〕 【写真:手づくり福笑いはドラえもん 】 |
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©つみくさダンゴ 3月24日〔土〕 【写真:オダンゴできた】 |
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◆野草てんぷらパーティ 4月21日〔土〕 【写真:オイシイ自然】 |
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◆ ダッチオーブンと野性料理 5月12日〔土〕 【写真左:道具もそろって】 【写真右:竹メシも炊こう】 |
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© いせやまウドン 5月19日〔土〕 【写真:ノシはたいへん】 |
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◆ ウメの実採り 6月9日 【写真:野遊びのオヤツ】 |
◆ ホタル観察会は振わず 6月16日〔土〕 弥生の森でのホタル観察会は、気象異変と周囲の開発が進んで発生が遅れたため1週間のばして行いましたが、やはり少なく、ひと目4~5の点滅ランタンを観察したのが最高でした。 |
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● 「大自然のひろば」 5月24日~25日 群馬・長野県境の荒船山中腹にある「大自然のひろば」は、池袋にあるみのり保育園の創設者帰山祐子さんとその支援者が開いた「自然の楽校(がっこう)」です。 今年もことしも年長組のゲンキな6人が、ゼイタクな自然体験をして帰りました。 【写真:オタマジャクシみぃつけた】 |
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-情報の提供と取材支援にご協力下さい-
1907年創始者ベーデン-パウエル卿が、スカウティングの種子を蒔いてから間もなく100年を迎えるについて世界中のスカウト組織が多彩な記念事業を展開しています。しかし、日本では現在の活動や組織の拡張に視点が向けられ、「100周年記念」でなくとも当然しなければならない事業が明かされています。 そこで、私たちは、全国の盟友有志の連携により、日本のスカウト道〔光の路〕を拓いた先達先覚者の事跡や事物を踏査し、その価値と所在を顕彰して日本のスカウト運動が今後たどるべき進路に歴史的な延長線を示そうと、「日本のスカウト遺産100選」 の刊行計画をスタートしました。 「これこそは、スカウト遺産にふさわしい」と推挙される事跡と関係者の情報提供を是非ともお寄せ下さい。 なお、この事業はビスタ ワールドの基金と支援者の寄金により行うもので、調査・取材の協力者にご負担をかけるものではない事を、念のため申し添えます。 |
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目 的
ベーデン-パウエル卿のスカウト運動が100周年を迎える2007年を記念して、日本のスカウト道〔光の路〕を拓いた先覚者の100の事跡を選定し、その価値と所在を広める。また、今後日本のスカウティングがたどるべき進路に歴史的な延長線を示す。 選定方針 対象は、全国の盟友から次の情報等を募り、精査して選定する。 1. 創始者ベーデン-パウエル卿の来日に関する資料・行程各所 2. スカウティングの日本伝来に関する事物・エピソード等 3. 先人の事績・場所・資料・記念碑等 4. ジャンボリー等歴史的な大会の資料・開催地・記念碑等 5. その他、歴史的価値のある事物 調査項目の例示 1. 野営場:現況写真・開拓当時の写真複写・記念碑等のモニュメント・関係者の談話 2. B-P足跡:横浜・日光・京都など行程を追う 3. 記念物品:現物写真・由来・関係者の談話・運動に与えた効果 4. 教本類:現物の入手又は複写・翻訳や導入エピソードの収集・価値と運動に与えた効果 探訪調査 実地調査は、環境共育グループビスタ ワールドとその支援者が行う。 なお、支援者の氏名等は調査報告書に明記する。 発表方法 調査結果はガイドブック形式で随時刊行するほか、インターネットを通じて世界に公開する。 運営資金 ビスタ ワールドの基金及び支援者の寄金等により賄う。 問合せ先 〒245-0016 横浜市泉区和泉町3775矢島方 環境共育グループ ビスタ ワールド本部 ◆TEL・FAX 045-802-2156 ◆www.vistaworld21.com ◆vistaiwao@world.ocn.ne.jp |
平成17年12月現在 |
| 北海道 | 1.旭川連隊跡 2.下田豊松記念館〔B-P書簡ほか〕3.神仙沼 |
| 岩 手 | 1.後藤新平記念館〔自治三訣の書・スカウトハット〕 2.後藤新平銅像 |
| 栃 木 | 1.那須野営場 2.トーテムポール 3.佐野常羽遺品 |
| 神奈川 | 1.グリフィン碑 2.ゲーテ座 3.横濱波止場 4.サンディエゴ水神 5.ガールスカウト像 6. 座間少年団本拠地 7.足柄山金太郎像 |
| 山 梨 | 1.山中野営場 2.道心堅固の碑 3.臨雲健児寮額 4.佐野常羽像 5.我はフクロウよの碑 |
| 東 京 | 1.第1回全日本ボーイスカウト大会会場(皇居前広場) 2.戦後初日の丸行進コース 3.後藤新平総長震災復興図(震災記念館) 4.高尾山仏舎利塔 5.東連統一の隊旗 6.アンノウン戦士像 |
| 新 潟 | 1.みつきさわ記念野営場 |
| 長 野 | 1.第1回日本ジャンボリー開催地 |
| 静 岡 | 1.城内スカウト像 2.少年団日本連盟発足地 3.ぶらぶら沢 4.第13回世界ジャンボリー会場 |
| 愛 知 | 1.第1回アグンナリー開催地 |
| 滋 賀 | 1.初野営地碑 |
| 兵 庫 | 1.ウルフカブ発祥の地 |
| 和歌山 | 1.浦島・宝島 |
| 大 阪 | 1.ちーやん歌集原稿. |
| 香 川 | 1.JR高松駅昭和天皇御製記念碑 |
| 大 分 | 1.第1回国際エコキャンプ開催地(久住高原) |
| 沖 縄 | 1.沖縄連盟復帰前後関係所・物 |
| その他 | 1.下田のスカウト章 2.戦前スカウト章 3. スカウティング フォァ ボーイズ初期翻訳本 4. 少年健児教範 5.初版ポケットブック 6.初版カブブック 7.ジャンボリー誌初号 8. B-P書簡類 9.戦後沖縄版ハンドブック類 10.スカウト運動記念切手 11.歌の総長尾崎忠次 音盤 |
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| ◆ビスタスコーレ コンパスシリーズ第三編「轟 英一郎光路集」A5版96頁 ¥800 信州のスカウト運動再興の父が機関紙その他に載せた珠玉のアンソロジー ◆ビスタスコーレ コンパスシリーズ第四編「轟 英一郎玉撰集」A5版48頁 ¥500 信州のスカウト運動再興の父が筆写した座右真髄の書の数々 |
| ★ ビスタスコーレ コンパスシリーズ第一編 佐藤達郎著 全15集 CD-ROM版 ¥2,500 混迷する日本のスカウティングに示す羅針盤 |
| ★ ビスタスコーレ コンパスシリーズ第二編「スカウティング独話」 佐藤達郎著 A5版40頁 ¥500 シリーズ第一編全15集の好評に応え、今のスカウト指導者に語りかける著者会心の近著 |
| ★ ふるさとの いま むかし そして未来へ「安西實翁独話」付 台谷戸の文化財ほか A5版40頁 ¥500 いずみ新鮮組の地の旧家で、地誌に詳しい古老の談話に散在する文化財の案内書 |
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| ★全国の支援者から贈られる文献や資料はVISATA WORLDがしまい込むものではなく、公開して光の路発展の役に立てなければなりません。 コピーの依頼は受けませんが整理できたものから公開しています。★ |
| 去る2月2日に享年91歳で亡くなられた故浦田太一郎氏の遺品が伸子夫人から5個の小包に分けて合計150点余が宅送され、このほど整理が終わりました。 そのうち、衣料品は旧型制服とスカウトネクタイを除いて処分、書類はスカウト関係以外の実業(海事)関係は処分、写真は故人が入っているものと、佐野・松平・古田・吉川師など先達の判別がつく写真以外は処分、記章類はスカウト関係の稀少品以外は処分、その他
タバコケース、ペンケース等は処分し、引継ぐ遺贈品は次のとおりとなりました。 |
| ① スカウト用品 ・旧制服上下 ・スカウトネクタイ:1 ・シルバコンパス 1 ・ウッドバッジ 1 ・ボーイスカウ ト歌集ソノシート No.1,2,3 ② 記章・バッジ・ピン・チーフリング等=45 ③ その他=・木製ペーパーナイフ 1 ・角製ペーパーナイフ 1 ・ボータイ 3 ・ハンドベル 1 ④ 写真=35枚 ・山中野営場関係 ・船舶写真 ・その他・ ⑤ 切手=・13WJ初日カバー2種6枚 ・スカウト切手シート3種計10枚 ・年賀切手1種3枚 ⑥ 資料・文献=48
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◆ DVD「共に歩む 鹿野重氏 追悼ビデオ」 平成18年12月3日の鹿野師を偲ぶ会で披露された追悼ビデオのDVD再編集版が、新潟第5団 の大野嘉彦氏から寄贈されました。 ◆ DVD「第1回・第2回 日本ジャンボリーの記録(8mm映画複製版)」 彦根第1団の野村善一氏が8mmカメラで撮影した貴重なフィルムを再現したDVDが、同団の中村 直樹氏から寄贈されました。健児の歓声が聞えてくるような画面に感動。 ◆ DVD「淡海に生きる」~琵琶湖~ 今も人々のくらしと共に生きる琵琶湖の生命の営み・・・・を記録したDVDが彦根第1団の中村直樹 氏から寄贈されました。 ◆ 「二十五年の歩み」 ◆ 創立50周年記念誌 「日本のスカウト遺産100選」の予備調査で沖縄連盟を訪ね阿波垠・阿部氏と会談したときに寄 贈されました。スカウト運動の光の路を拓く血と汗の苦難の結集が随所に。 ◆ 日本ボーイスカウト滋賀連盟35年の歩み ビスタワールドの資料として、彦根第1団の中村直樹氏から寄贈されました。 ◆ 地区・団機関誌・など ①長岡地区B-P祭要項〔寄贈:新潟連盟井上法英氏〕 ②飯田第1団総会資料〔寄贈:長野連盟 岩原晃氏〕 ③スカウトあいちNo.188④イレブンNEWS〔寄贈:愛知連盟松崎百代氏〕 ⑤やたがら す〔寄贈:新潟連盟新保正氏〕 |
| ベィデン ポゥエル卿に応えられるか =その1= |
| やじま いわを |
| 100周年を迎えたボーイスカウト運動の創始者ベィデン ポゥエル卿とその夫人の生誕祭は過ぎた。 が、日本のスカウトや組織は、そのB-P祭をどのように意識して行い創始者の理想にどう応えようとしたか? 気懸りでならない。 と言うのも、登録人口確保のために女子の加入を許してから、何ごとにもメリ・ハリがなくなり、「健児」意識のない少年や「健児」を育てようともしない急拵えのアダルトらが、「わがためのスカウティング」をいじくるようになってから、日本のボーイスカウト運動は、自から好んで社会の期待から離れてしまったように思えるからだ。 カネ・イロ・モノがモトで簡単に人を殺したり、法を犯す事犯などの低年齢化対策としても教育基本法の改正があったばかりだが、「美しい日本」を創るのも「愛国心」も「社会のために役立つ」ことも、”そのまんんま”我らボーイスカウトの「普段の行い」であった。 なのに、乱世のいま、「世直しの旗手」となれる絶好のこの社会背景にありながら、組織は「社会のために・・・」よりも「人数の確保」にしか目を向けず、こともあろうに、「ビーバー年齢以下の取込み」とか「世界ジャンボリーの誘致」で感心を集めようなどの発想は、狂気の沙汰でしかない。 そうした遣りきれぬこの頃の、B-P祭よりも20日早い自分の誕生日の夕刻、受けた訃報は、悲痛のワクを超える衝撃だった。 奥方からの報せで駆けつけたが、少年団日本連盟海洋部育ちで世界の海を駆け巡った海洋男児浦田太一郎氏は、遠い水平線を見回すかのように首を少し傾げたまま横たわり、あの「おゥ、元気かい」の声もない対面となった。 今はないが、日本のシースカウティングは、118トンの練習船 「義勇和爾丸」の2本マストに13枚の白帆を展げ、海洋健児らの夢を乗せて遠洋を航海しては世界友好の輪を拡げていった。 そして、浦田氏は、その遠洋航海での心意気と技を活かしての生涯だったが、戦後は人柄を乞われて「臨雲寮」時代の山中野営場場長を勤めたので、私も昭和26年夏の初訪問からずっと憧れのパイオニアであった。 海洋男児の天寿92歳との別れに立会ったのは、夫人と親族とヘルパーと私の5人だった。 夫人のたっての願いで、ボーイスカウトや業界との交友関係には一切知らせず、静かに旅立たせたい・・・・そして、白亜の豪華帆船を思わせる柩へ帆船の写真を胸にして横たわり、溢れんばかりの花・花・花に埋れながら、天空への大航海に出帆して行った。 |
ベィデン ポゥエル卿に応えられるか =その2=
| シースカウトのパイオニア浦田太一郎氏との別れから再開した「大車輪」は、出版をベィデン ポゥエル卿夫妻の生誕祭2月22日と初めから決めていた冊子編集作業の追込みであった。 これは、戦前からの健児で、戦後長野連盟創設と発展のパイオニア轟英一郎氏の膨大な遺稿と、氏が中村知師はじめ心に留めた文献を筆写したノートの出版で、父のスカウティングを継ぐご息女内山悠子LTの理解と盟友岩原氏の支援を得てのプロジェクトである。 題して、「轟 英一郎 光路集」 (A5版96頁) と「轟 英一郎 玉撰集」 (A5版48頁) 各巻の巻頭に遺影と筆書原稿の断片を収載したので、セット価格が\1,300となってしまったが、限定150部のうち、送呈分以外の70部を、コミッショナーとトレーナー向けの「純正テキスト」として頒けたいとの思いは、「野望」だろうか? 冊子出版の目鼻をつけた18日からの3日間、初めて沖縄を訪ねた。 B-Pスピリッツに燃えた盟友との4人旅だが、「ちゅらの邦」と人情と味覚に惚れ、決戦場結末の悲劇に心を揺さぶられたが、わが初訪問の主題は、「日本のスカウト遺産100選」の下調べである。 そして、沖縄連盟の重鎮、阿部氏と阿波根氏から格別の資料や県連記念誌をいただき、秋に予定した本調査の足がかりがついた、と安堵したとき、とてつもない「詩」を示された。 それは、占領下の沖縄で使われたボーイスカウトアメリカ連盟「スカウトマスターハンドブック」邦訳版にのみ掲載された詩で、感傷的で楽観的な詩句が北アメリカ中で広く親しまれた英国生まれの作家作者E. Albert Guest(1881-1959)の作である。 == 指導者をたたえる詩 == E. アルバート ゲスト 君に絵与はなく 君は無報酬で働く ともに山野を踏み歩く少年らには 君に謝礼を払う力はないが 黄金をあえぎ求める者よりも はるかに豊かななものを君は受けとるだろう なぜなら 君の奉仕はさまざまに語り伝えられるからだ 君はそれを育ちゆくスカウトの顔に そしてまた幾多の雄々しき歓喜の中によみとるだろう さらに 遠き将来にわたり人々の奉仕の中に 誉め称えるのを見るだろう 友情あつきスカウトたちとともに よろこび働く労苦の五年 インディアンの叫びをあげ ふくろう鳴きしつつ 路をたどった五年 そして燃えさかるキキンプファィァーの五年 それは楽しみのためだけでなく やがて少年たちがつくる次の世代のために 彼らは 君に贈る黄金はもたずとも やがて 年とともに君が教えたとおりの すばらしい働きで 君に答えよう 彼らは 深い満足感と 素直な誇りとを 君に贈るだろう そして 君の胸は 栄えゆく邦をみて 深い喜びに 満ちあふれよう 指導者の献身的な奉仕と称えるこんなに素晴しい詩が、リーダーハンドブックの巻頭にあった・・・・。 しかし、もっと素晴しいのは、沖縄連盟の指導者や支援者のみんなが、あらゆる集会でこの詩を朗読し、唱和してきたという「スカウト道」である。 事実、先週行われた沖縄連盟「 ベ-デンパポウエル卿生誕祝賀会」の資料にも「連盟歌」と並んでこの詩が掲げられており、指導者が朗読したという。 小雨と曇りがちの沖縄初訪問であったが、久しぶりに素晴しいB-P生誕祭の内容と語り継がれていくスカウト魂の賛歌に触れて、心晴々帰ることができた。 |